4. ことばの教室

難聴であることを伝えると、聴者と同じようにお話しすることに驚く人がいます。なかには全然違和感ない!っていう人もいます。そんな私が普通にお話しできる理由について、参考になる部分があるといいなと思いつつ書いていきます。ぜひ読み進めていってください^^

もう一つの教室

感音性難聴が明らかになり、病院で言語聴覚士の先生から「ことばの教室」があるということを教えていただきました。

💡ことばの教室とは?

子どものことばや聞こえについて心配がある方の相談を受け、ことばの改善を図り、しっかりと学校生活に適応していくための支援

それが私の市内では隣町の公立小学校にありました。集団教室校舎の反対側の隅っこに「ことばの教室」があり、毎週火曜日の3・4時間目の授業だけ、母の車に乗って通っていました。みんなと違って授業を抜け出すことができる解放感は結構好きでした(笑)

ここでは、以下のように音を聞き分けるだけでなく、発音の仕方もマンツーマンで教わることができます。

💡どういった指導をするの?
●発語器官(くちびる、舌、下あごなど)の運動機能を高めたり、正しい音と誤った音を聞き分ける力を付けたりして、正しい発音ができるように導く
●ことばの数を増やし、正しく組み立てられるようにしたり、場に合ったことばが使えるようにしたりするなど、ことばの力を伸ばす
●不安を取り除き、自分の気持ちを表現したり、楽な話し方を身につけたりできるようにする
●在籍学級の先生に、ことばの教室での様子を伝えたり、学級での様子をうかがったりして、ことばの改善に役立てる
●保護者の方とことばの改善のために必要なことを話し合ったり、家庭での練習の仕方を説明する

「あ・い・う・え・お」といように一つ一つの発音を確認して、丁寧に正しい発音ができるように教えてくれるのです。一番苦手なのは、さ行/しゃ行といった口の中の空気で音を出すタイプで、小学4年ぐらいに赤ちゃん言葉を使ってる~とからかわれたこともありました。大人になった今でも指摘されてないだけで、しっかり発音できていなかったりします。いやおそらくできてないのですが、伝わっていれば良しのスタンスですね(笑) 英語と同じです。

自由に天使爛漫にお話しをする当時の私は、いつも包み込こむように優しい目をした、ことばの教室の先生が好きでした。実際に繋がっている2つのおもちゃ電話機を使って、言葉のやり取りを楽しむこともしていました。

その他、学校での勉強も見てくださいます。
この時間があったからこそ、私はみんなと同じように少し勉強ができたし、楽しんで取り組むこともできていました。夏休みではドリルを数日で終わらせてしまい、「計画性ってものがあるでしょうよ!」と逆に母から怒られたこともありました…(なぜだぁ~!笑) それでも苦手な分野はあり、算数や国語の文章問題になると、意味を理解するのが難しい傾向にありました。コミュニケーションにおいて言葉を聞いたときに、頭の中で漢字に変換するものなんだと気づいたのはかなり後のことでしたね(笑)

私の他にも、同じような境遇で市内の公立小学校から別の時間に通っている子がいました。みんな学年もバラバラです。基本マンツーマンなので普段は対面することがなく、学期が終わるタイミングにみんな集まって何かしらの発表会を開いていました。内容はいたって普通で、みんなで一緒に鍵盤を吹いたり、セリフや登場人物の振り分けをして音読をしたり、クッキーを焼いたりして会話を楽しんだり、難聴者やその子どもを持つ親同士が共有しあえる時間でした。

聞きたい。話したい。伝えたい。

それは誰でも共通する想いだと思います。

今現在でも、お正月になると先生は実家に年賀状を送ってきてくださいます。最近の私は今こんな感じだよ~って書いて、送り返している関係です。また会いたいですね。
本当に感謝。ありがとうございます。

小学校で困ったこと

聴者に囲まれて難聴者として過ごしていると、困った場面がいくつかありました。それは「プールの授業、グループの話し合い、体育館での集まり」などです。

プールの時間では、補聴器は水にかかると壊れてしまうので外さないといけません。その状態で授業を受けるため、プール用メガホンを使って何か言ってるのは分かっても、その内容まで正確に聞き取ることは難しかったです。そして、それを聞いて伝えてくれる友達もいませんでした。どのコースに行けばいいのか「分かりません」とヘルプを出すこともできず、ただ、ただ、茫然と立ちつくすか、座り込んで泣いてしまう、とても嫌な時間でした。(ちなみにめっちゃ泳げます笑)

グループの話し合いでは、みんなの会話の全てを把握できなかったり、何について話しているのかも分からなかったり、自分の考えを発言することも含めて、とても苦手でした。できることならその場から立ち去りたい、透明人間になりたい。とよく思っていたものです。その一方で「リーダー」という役割に憧れもありました。一度だけ立候補したことありますが「お前にできるの?」と言われてしまいすぐに引っ込んでしまいました。

イベント事で体育館での集まりがあると、「○○係は■■先生のところに、●●係は△△先生のところに!では移動してください!」といった指示の場面に出くわすことがあります。これがまた、発言している先生との大きな距離もあり聞き取れなくて身動きできずに、よく困っていました。みんな一斉にばらけていくのに、私は「どこにいけばいいの?」とオロオロするばかり。聞ける友達がいたとしても自分の行くべき所へ離れていってしまうし、「人に聞く」ということが本っっっ当にできていませんでした。

学校に行きたくない

「学校に行きたくない…ろう学校に行ってみたい。。。」
そう母に告げたのは小学5年生のことでした。私が学校に行きたくなかった理由は、嫌な人間関係があったり、とにかく集団においての生きづらさをはっきりとした意識で感じるようになったから。「ろう学校に行けば、楽になれる。」そう思っていたのだと思います。家庭訪問で「子どもが学校行きたくないらしい」と伝えたところ、先生は悲しそうな顔をしていたそうです。「ろう学校は、本当に聞こえない人たちがいる環境なんだよ。あなたが行くところじゃない。」となだめられ、

私は、普通の環境で育ってほしい。そう思ってる。

と語る母の想いを知り、私はその場に踏みとどまりました。「あぁ、なぜ私は中途半端な聴力なのだろう。」そんな無念な気持ちもありました。

そんなわけでちゃんと学校に通い、無事に卒業しています。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

感謝です。

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