✿ かなめの歩み

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かなめ
かなめ

はじめまして。
ここでは私の歩んできた経歴を赤裸々に語っております。
長くなりますが、よろしければゆっくりしていってください。
感謝してます。

かなめの障がいが明らかになるまで

現在は生まれて2,3日後に難聴かどうか分かるという新生児聴覚検査が2016年あたりから推奨されており、私の誕生当時は検査機器がそこまで普及されていなかったので、小学校の健康診断で耳の聞こえが悪いということが判明しました💡

食べ物の恨みと誕生

母の実家で鉄火丼を食べようとしたところに陣痛が始まってしまい、タイミング悪く食べ物の恨みをもってこの世に生まれてきました。(おぎゃぁ~)よく腹の虫が鳴る赤ちゃんだったそうで、ちょこちょこミルクをあげていたようです。今でも変わらず私のお腹は活発に動いて、朝が来れば「お腹が空いた~」、食べ物を口にすれば「美味しかった~」と素直によく鳴ります。(ゴロゴロ‥きゅう。ぐーうぅ…)

食べるの大好きプチ冒険

自分の力で歩けるようになってデパ地下での買い物をしてた時のこと。私は母の目から姿を消して母側が迷子になりました。(え)母目線で「必死に探しても娘が見つからない!迷子だ~!」です(笑)そんなことも知らずに、食べることが大好きな私は、“試食”という名のプチ冒険のお約束をただ立派に果たしただけなのです。私を見つけた時、食べた後の口周りと膨らんだお腹が真実を物語っていたことでしょう(笑)

お~い、娘よ

私の名前を呼んで、反応する時と反応しない時がありました。つまり、聞こえる時と聞こえてない時があったんですね。ある日、数回呼んでも返事がなく足を運んでみると、私がただ一人で何もない壁と話していたこともあったそうです。なんか視えてたのかねぇ。

夢ってさぁ、無理して作らなくて良くない?

寺の境地内にあった私の幼稚園時代。「自分の夢を形にしよう!」という制作がありました。当時の私は「夢」の意味が分からないし、今思えば「そんなの作る必要なくない?」ですよね(笑)
特別何もなかったので、紙の下の方に「おかあさん」と記入してもらった記憶があります。
制作を含め、母とは意思疎通ができずに、こっぴどく怒られて、たくさん泣いて、怒られてるから泣いてるのに「泣くんじゃない!」とイライラビンタされて(笑)、鼻血を垂らして、余計に泣いて、溜め続けた不満を言われ「言った/言ってない/聞いた/聞いてない」が見事に多発した幼少期でした。後は、一度だけ小学校低学年に「いけすかん!」と父からお尻ペンペンの刑をくらいました。そりゃあ大泣きでしたけど、私の頑固な性格を考えると大変だっただろうと思います。

ちなみにスイミングで泳いだ後のアイスは格別でしたよ。(何の報告やん)

別れって悲しくないよ

卒園式ってみ~んな泣いてました。でも、死ぬわけでもないのにさ、泣く理由が本当良く分からなかったんですよね。そう、「たとえ離れても元気に生きてたらそれでいいじゃん。」みたいな目線だったんですよ。私は、ち~っとも寂しくなんかなかったんです。『環境が変わって縁が切れた。でも、心は繋がってる。』それだけです。

生年月日って?知能検査

公立小学校入学前に実施される知能検査のテストのことです。
(学力試してかったるいよね~ドキドキモヤモヤ、やだなぁ)そんな気持ちだった気がします。
(生年月日ってなにさ、私知らないし?)と思いながら内心焦りつつカンニングしてマネっ子ちゃんしましたよ。
(いろんなこと分かってない私っておかしいの?)はい、情報や理解、言語力も全然足りてなかったのです。

早く音流してよ~聴力検査

小学校に上がり健康診断を受けました。でも、聴力検査で私の耳には何も音が届かなかったんです。(え?よく分かんないよ~、なんで引き留めんのさ~)と広い教室でしばらくポツンと残されました。そうして、初めて耳鼻科のある小児医療センターに行くことになったのです。

かなめの学生時代

友達と遊ぶこともありましたが、少なかった方です。今思えば、ふとした時に湧き上がる独りになりたい欲が小学校からすでに強かったですね。怖いもの知らずというわけでもなく、教師であっても同級生であっても、人にはっきりモノ申すところはありました。かというと落ち着いてる雰囲気のギャップで天然でふざける一面も持ち合わせていたのでどこか憎めないヤツだったのかもしれません。自分でいうのも何ですが、ご愛敬です。

片耳補聴器デビュー

小児医療センター で実施した聴力検査の結果、” 感音性難聴 “でした。
聞こえの明瞭度が低く、聴力の弱い右側に補聴器を装着しても意味がないため、聴力の良い左耳に着用することになりました。そのことに関してはなぜか抵抗は全くなかったです。ただ、蒸れ気味になったの私の耳にとって、耳掃除は、腫れ物に触るような地味な痛みが走るのでかなり毛嫌いする時間になりましたね(笑)母の服の裾を強くつまんで拳を強く握りしめていたほどです。(母:えぇ?触ってるだけだよ?ここ、赤くなってるね~ツンツン)(いや、イタイ、イタイ!😭やめてくれぇえ!)

抜け出せる優越感

普段の小学校とは別に隣町の小学校にある「ことばの教室」に通っていました。毎週火曜日の3・4時間目を抜け出して、母の車に向かう時の快感は、当時生きづらかった私にとって結構救われていたはずです。ことばの教室の先生もとても優しくて大好きでした^^この時間があったからこそ、みんなと同じように学んで、過ごすこともできた非常に大事な時間でした。

両耳補聴器・障害者手帳

小学6年生になり、両耳のほうが本人のために良いと判断され、右耳も補聴器をすることになりました。そして、語音明瞭度50%以下という診断で、障害者手帳4級を取得することができました。

嘘がつけない正直者

お金などの喧嘩があったり価値観のすれ違いから両親が離婚し、母親が再婚、名字も変わりました。母よりも大事だというひな祭りに生まれた雑種のシーズー愛犬も連れて毎日夕方散歩していました。(今はアノ~ヨです、元気かなぁ)

小学6年生で仲が良かった友達のお母さまからこんなことも言われていました。「大人になるとはっきり言う人が少なくなるから、そのままいったら、貴重な人材になるよ、」でも、私は人を傷つけることが嫌だったので小学6年の途中から中学にかけて、そのまま言葉にしてしまう強い自分をなるべく封じ込めるようにしました。母にも分かってもらえないと感じることも多かったし、なおさらです。

自分の内面を常に見つめる

そんな自省をよくやっていたものですから、心で生きるよりも頭で考える癖がかなりこびりついております。当時とは違って今はいい大人なので、少しずつ解放してあげてもいいのかもしれません。

かなめの社会人

私は社会人になって転職を繰り返しています。長くても3年までしか一つの会社にいたことがありません。でも、転職するたびに一つの会社に所属する年数は更新し続けている状態です。2度も誘われた正社員は多分…なるつもりはございません。モチベーション下がる要素があるためです。では、新社会人にさかのぼり、語っていくこととしましょう。

それ、嫌いなんだわさ

私は新社会人と同時に1人暮らしデビューを果たし、指で数え終わる少人数の会社に勤めました。
チームワークが大事で、当時先輩が怖くて怖くてあまりできずにいた「ホウ・レン・ソウ」が今でも苦手です。私には、もはや逐一必要以上に報告する意味が分からないんです。もし、恐怖で無理に強いられようもんなら、「お前の駒じゃねぇんだぁ!」っていう魂の叫びがあるようなのです。

結果、半年で辞めました。

あと一つはっきりとわかったのは、

自分の障がいを理解していただく努力が必要」ということでした。

ダブルワークもやってみたんさ

ショッピングモールの小さなお店でアルバイトをして、優しいおばさまに囲まれました。ただ、自立心の強い私は早く 1人 暮らしに戻りたかったのでコンビニのバイトに挑戦しました。でも、難聴と体力の問題で2日でリタイアしました。

考えた結果、アルバイトで貯めたお金でExcelとWordを独学して事務職へとキャリアチェンジして転職しました。

障がい者専用転職エージェント

私の転職活動は、新社会人の経験を踏まえて障がい者専用のエージェントを使用てきましたし、これまで障がい者専用通しでしか転職したことがありません。正直、利用に抵抗はありましたが、障害に対して理解ある環境を手に入れる確率が高いことは間違いないかなと思っています。
使えるものはありがたく、じゃんじゃん使った方がいいです👍

できないことあっても恥ずかしくないよ

参列衣裳を取り扱う商品管理に配属されました。そこで、黒留袖の和柄や家紋をたくさん見てきました。プロ意識が高くチームプレーが良かったけれど、女性ならではの面倒くさい部分はあったし、毎月1度は飲み会があったのでそれが苦痛でした。現場仕切りのリーダー役も電話も挑戦したけど、私の場合は「できない(もうやりたくない)」でした。
できないことはできない。
そう、はっきり言っていいんです。
できないことは、恥ずかしいことではなくて使い方や生き方が間違ってるだけで実はあなたの才能で個性でもあるのです。
自分ができないことは誰かができること。強みでもあり、欠点でもない。決して自分を責めないでくださいね。

働くことの価値観はまるで違う

有名なグループの子会社に転職しました。開放感たっぷりで自由度は高かったです。ただ、上司とうまくいきませんでした。私の幼稚な衝突があり、一時分かり合えても、最終的にこじれていきました。「人を無理に変えようとしたら駄目なんだ。仕事の在り方は人それぞれ違っていて、ただ受け入れればよかったんだ」とその気づきを得ました。

あれ?不適合?

現職では、ありがたいことに良い人たちが多くて、上司もいろいろと理解いただいてるので人間関係は普通に良好です。ただ、条件が満たされてきただけに人に指図されたり振り回されることが嫌なんだとはっきりと分かるようになりました。

これまでの経験からして、転職は前向きな理由とは裏腹に
人間関係が良いか悪いかがほとんどで常に人間関係ありきだったなって思います。

事実、私が現職にとどまっているのも人間関係が比較的良好で、まだ頑張れる環境だからです。

とはいえ、どんなに時間かかったとしても

独立する意思だけはどうやら消えないようです。

気付いてしまったら、もう後には引けない』ってやつですね。

変わりたくない気持ちと葛藤の日々でもあります。

1年間できなかった無力と失敗

コスパの良いノートパソコンを購入して「私は自由になる!自己投資を惜しまない!」そう胸に誓って1年が経過しました。あれもこれも嫌だという我が強く、楽したい欲に飲み込まれていきました。そう、立派ないいカモです。

ガツガツしてない人が取るんだよね

元々は少しでも収入を得たいという理由で副業の勉強を始めました。副業の中でクリエィティブであればできるだろうと思い、「動画編集」と「WEBデザイン」のスクールに入りました。

WEBデザインの講師には、こんなことも言われました。
「かなめさんの良いところはね、ガツガツしてないところ。主張しないで頑張ってる人がコンテスト1位取ったりするんだよね。」
静かな熱意は心の奥底に燃やして。結果はご想像にお任せします。にしても本業と動画・WEBデザイン、三つも同時進行なんてよくやろうとしてたもんです。学生でもないので良い子はマネしたらだめですよん。本当に身体は資本です。

自分ってなに?どうしたいの?

ちょうどその頃に自分を知りたい期間がありました。あまり良くないですが、占いを彷徨っていたんです。
最初は思わぬスピリチュアル鑑定で

「大きな会社ではないけどリーダーもしくは社長になる」
「かなりじ~っと強いまなざしで見つめてくる人があなたの中にいる」

と言われたことがずっと印象に残っています。その後の占いでは「大人としての自覚と子供っぽい内面の不安定さを併せ持った星を持ってる」「独立独歩の性質がある」だったりで、これまでの「出来事」とトータルして、「どうりで集団社会合わなかったのか。」と腑に落ちて段々、

独立する道を考えるようになりました。

楽したい生き物なんです

WEBデザインの習得を終え、モチベーションの低い動画編集の習得をマイペースにやっていました。でも、他の副業に目移りして物販に手を出したり、PCの肉体労働に疑問を感じるようになりました。なにより副業をやる以前に身体の悲鳴のほうが堪えたし、ちゃっかり整骨院デビューしたぐらいでした。(どこ行っても必ずかなり痛いし、硬いと言われます)そんな中、「稼げます!」とうたうようなメルマガが流れ、楽したい欲が働いて、あるものに手を出してしまいました。それは。

MAM(マム)運用のFXです。

簡単に言うと、プロのトレーダーに資金を運用してもらう取引方法。そのため「初心者でも簡単に稼げる」とネット上では騒がれていたりするものです。もう貯金も底をついて足りないため、相手の指示を受けて急かされ、必死になって、生まれて初めてローン会社から借金をすることになりました。誰かに相談する選択肢もハナからありませんでした。常に自己責任です。

増えてく借金

「元を返さないと」という焦りが加速し、アフィリエイトや半自動FXもやって駄目になり、変だなと思うところがいくつもありました。「そんなはずはない」と信じたくない思い込みから段々冷静になった一ヵ月後、これらはすべて

詐欺」だったという気づきを受け入れました。

借金は増えていくばかりで、毎日支払えなかったらどうしようと見えぬ不安に怯え、毎晩家で大泣きしました。眠れない日も続きました。もう残りが数千円しかない、それが2回ほどありました。(数千円もあるやん!って思えたら最強でしたね。)

人生で心の底から「死にたい、死にたい、死にたい」の連続でした。

脳裏にはいつだって悲しむ親の存在が思い出されましたから、思い留まっては「生きたくない」と何度も泣いて、ネットを彷徨い続けました。

違和感あるもの全部手放せ

あるメンターとの出会いがあり、「成功する可能性がある」と見込まれ副業に再挑戦しました。動画編集を受注した請負契約も、大量のタスクをこなす物販も、寝不足な状態も、何もかも嫌で「何かが違う、なんでか分からないけど全部嫌だ!やりたくない!」と抵抗して頭の中がぐるぐるしていました。自分との向き合いで嫌なことがはっきり分かるようになって精神も落ち着いたところで、

私は大丈夫

そう強く思ってすべてを手放しました。頑張ることをやめたのです。もう疲れたのです。

その一ヵ月後に起業10年ぐらいの同年代の方と一時間だけ繋がりました。

「結構、自分のことよくわかってるし、相当好きだよね?自分のこと。それに主張がかなりはっきりしてるほうでしょ?なんで、そもそも事務職やってんのさ(笑)そりゃ生きづらいでしょうよ」

「今何もしたくないんです、どうしたらいいですか?」

「何〜もしたくないならな〜んもするな、だいじょ~ぶだから!」

かなり強く言われて、3日ぐらいボケ~としたものの、不安が続きました。

かなめとお師匠さんの出会い

では、お師匠さんの出会いを綴ります**

何もしたくない人へ

「いや、このままじゃ駄目だよ」と焦りがやっぱりあって、ネットやYouTubeで、現状を解決してくれそうな検索を掛け、手と頭だけ、動いていました。

そうして、起業15年村本直様のYouTubeに辿り着きました。

何もしたくない人へ、「過去、未来」を考えない「今」を生きる

その時は無心に近かったので正直あまり覚えていませんが、話を少し聞いているうちに

私と考え方が近いかもしれない、似たような何かがある

それだけは感じました。大した返事は来ないだろうなと思いながらも、気が付いたら相談フォームから村本様へ現状のあり様を送っていました。「もう寝よう。」そう思って床に就きました。

気付けたことはプラスになる

早朝、スマホに目をやるとメールボックスには音声付きのものが1通届いていました。すぐさまヘッドホンをセットして聴きました。

今までのやり方が間違ってたことに気づけたことはプラスになる。

村本様はそう肯定してくださいました。

私は目を閉じて、静かに、涙を流しました。

「すぐ返事しなきゃ」

そう思ったものの、身体は拒絶して
PCを前に頭が真っ白で何も動きませんでした。

もう本当に、心は、何もしたくなかったのです。

このままではだめだ、気分転換しよう。
珍しくそのまま外出してベンチで読書したり、喫茶店に行きました。

師匠と弟子、繋がる

数日後に村本様からメールがあり、まさかの話しをするという展開になりました。

感謝が足りてないんじゃないかな」

ドキドキしていた私は村本様からそう指摘され「あぁ、早くも見抜きがすごい、」と内心おののきました。もうね、勘ぐり具合がすごいんですよ。

人に頼るのがかなり苦手な私ですが…声を振り絞って、振り絞って、振り絞って、、(何回言うの)

うぅ…言葉にしました。

「見てくれる人が…必要なんです…」

村本様は、私の不器用なその思いを「わかりました」と一言、受け取ってくださいました。

なおさんはこんな人

お師匠村本直様=なおさんと呼んでおります。

実をいうとなおさんと繋がった当初は、斎藤一人さんみたいなんだけど、私にとっては、まだ昭和の重みが残っていて、彼ならではのこういう人だということをなかなか書こうにも書けなかったです。

なぜなら、私の中で作り出しているイメージの葛藤も、信じることも、私自身が本質を突くまでに、ある程度の時間がかかりましたから。そもそも、ずっと不思議でした。だから、結構早い段階で聞いたんです。

「なぜ、あの時…メールしたんですか?」

(・・・)

なおさん「心が、綺麗だと思ったから」

(えぇ?本当に?)「そんなに違います!?」

なおさん「何人出会って何年やってきたと思ってるの(笑)」

(あ、そりゃ、そーか)と一応納得したものです。(笑)

でも良い意味で(なんなんだ、こいつは!?やるのか!?)って思われてたような気もしています(笑)

だから「大丈夫ですよ、安心してください。(いつもあなたの背景=人生ドラマを見ています)」

の気持ちは最初から常に持っていましたし、もう伝わっていると思っています。(パンツの話じゃないですよ)

まとめると、私から見たらこんな人です。

こっちが困るぐらい面白い人なんです。

やっぱり変な人なんです。

『愛』のある人なんです。

かといえば、ささやき魔術師です。

色気もあります。

『心』そのままの人です。

シャンシャンといったキラキラした粉を
まき散らしてるのが見える時があります、早いスピードです。

彼の紡ぐ文字は選び取ったように

優しく導く力

とても

暖かいのです。

ありがとう。

感謝してます。

かなめの魂

本当にやりたいことはなんだろう?

もはや自分がよく分かりません。
いや、正しくは分からなくしてしまってるんですね。

でも、これだけは言えます。

いろんな体験を通して、いろんなものを見て、
人との出会いを通じて、いろんなことを感じて、楽しみたいようなのです。

時間はかかるかもしれません。

少しずつですが、素の自分に許可を与えて直感のままに歩んでいきます。

【ありのままの自分に回帰】です。

こんな長い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました!

感謝してます。^^